飛んだ!ひ・こーき!@森田浩貴の思うまま


アッという間に50なっちゃった( "゚ o゚")ドーシヨ
by kokimix
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東京都内で歌い手(専門はミュージカル)を営んでいる50前男です。時々司会・通訳もします(^^)
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これは、乱れか?はたまた、進化か? <その3>

二重敬語というややこしいものが、昨今指摘されることが多くなってきた

確かに、皇族の活動をリポートするアナウンサーとかの日本語は

二重敬語のオンパレードである

間違っているとも言えない部分もあるが

時に、かなり聞き苦しく、言っている本人も言いづらそうだ

巷でやたらと繰り返される「させて頂きます」などはその一例で

司会者殺しのフレーズナンバーワンである

ちなみに、僕はいつも「致します」に置き換えてしまうが^^;

だって、噛みたくないんだもん

この「噛む」も、元来業界用語で…(´`)

「目線」とかもそうだが、一般の人々が使っているのを聞くと

違和感を感じてしまう自分が保守的すぎるのか

加えて、呼応の副詞とかつて呼ばれていた

「全く」「全然」「絶対」など、文末に「ない」を伴うべきとしていた言葉も

すっかり肯定文に堂々と組み込まれている

が、聞くと、明治時代の文献などには

すでに肯定文をサポートする副詞として登場していたという記録もあるらしく

こうなると、昭和の教育はなんだったのかと、疑問も湧いてくる

こうした<昔の教育を疑問視する>と言う動きも、

一種の進化なのかもしれないが、

この「行きすぎた進化」を止める必要もあるのかも

しかし、この問題はなかなか厄介でもある

なぜって、敬語を使われる対象の人間たちのセンスがかなり退化しているからだ

今、敬語を使われる対象の中心…現在65歳以上戦前派以降の人々の感覚は

時によって、気まぐれなことが多いからである

今65歳以上戦前派以降ということは、大まかに言うと

団塊の世代ということになる

戦後の混乱や日米安保の学生運動、オイルショック、

バブル、果ては現在に至る不景気など

非常に多様な価値観の中で育ってきた世代なので

何が地雷なのかを判断するのが、難しい

「失礼」と「きさく」の境界線が曖昧なのだ

というより、その時の気分次第である

現代の若者たちがよく「そつがない」とか「失敗を極度に恐れる」と

大人たちに揶揄されることも多いが、

それと同じくらい、今の65歳以上は実際面倒くさい世代なのだ

by kokimix | 2013-09-04 14:38 | 日記

これは、乱れか?はたまた、進化か? <その2>

前回の続きだが、

例えば、英語を習う時TO, FOR, FROM, ON, IN,ON, などの前置詞については

意外とちゃんとみんな勉強するはず(たとえ実際使えなくても)

前置詞って言葉も、まぁ、浸透してるし

しかし、日本語でのその品詞にあたる言葉は、一般的に「助詞」と呼ばれ

ほとんど学校教育でも、日の目を見ないことが多い

それに、日本語の語順では「前置」じゃなくて「後置」だもんな

そういえば、学校でも日本語の文法書なんて、いちおう貰ったけど

あまり使わなかった…

この学校教育で我々が目にする日本語の文法書も長いこと改訂されていないらしく

日本人自身もちゃんと分析できていないことが多いと聞く


ちなみに、前回でやり玉に上げた「が」と「は」だが

現在の文法では、「が」は格助詞

「は」は係り助詞である…

違いは、「が」は主語自体をサポートし

「は」は、主語の状態、環境、動作を説明する語をサポートしている

「私が学校へ行く」では、あくまでも重要なのは「私」であって

学校ではない

しかし、「私は学校へ行く」とすると

学校の方が、情報としてはより大切ということになるのだ

…一般的に…だが^^;

では「学校に」と「学校へ」では、どう違う?

メディアでの送信者がこのような些細なことに目を向けて、

原稿や台本を読んでいるかいないかは

ネイティブだったら、本能的に見破ると思う

自分も多いに気をつけたいところだが

なかなか口でいうのは簡単だね(´`)

by kokimix | 2013-09-03 14:56 | 日記

これは、乱れか?はたまた、進化か? <その1>

昨今のニュース番組や、バラエティなどを見る時、

特に思うし、自分でも気をつけたいと思っていることなのだが

人々が話す日本語の文法の間違え加減が、どうも気になる

特に、一番僕が不快に思うのは「てにをは」の誤用である

とりたてて、国語の授業では

この「てにをは」の用法について、深く教わった経験が

日本人には少ないような気がするが…最近は、やってるの⁇

少なくとも、僕の若い頃の国語の授業では、

ほとんど取り上げなかったような気がする

なぜか?

これは、僕が思うに

教師たちも、「てにをは」の正式な用法については、明瞭な決まりが無く

主に「習慣として」この様に使うことが多いというような

曖昧模糊とした境界線しかないのではないかと思う

あるいは、境界線はあるのに、研究している人が少ないのか…

いずれにしても、この分野では、日本の日本語学会は遅れをとっているような気がする

主語に付く「は」と「が」の違いについて、外国人に問われた時、

どれくらいの人が、明快な答えを出せるだろうか?

私は学校に行く ≠ 私が学校に行く…とかね

テレビに出る人…まあ、素人はしょうがない、プロじゃないから…は、特に

そのあたりを、もう少しシビアに見つめ直すのは、どう?

確かに、ちょっとその用法を変えてCMなんかに使ってみることで、

大衆の注目は一時的に集まるのかもしれないけど

それを一般的な報道とか情報伝達に使ってしまっていいのかなとも思う

まだこの問題は、いくらでも提起できるので(*゚‐゚)

というのも、このようなことをハッキリさせないせいで、

日本人が、英語などの外国語の習得に、ものすごく苦労するからだ

…続くよ、次に(^^)v

by kokimix | 2013-09-02 17:36 | 日記