飛んだ!ひ・こーき!@森田浩貴の思うまま


アッという間に50なっちゃった( "゚ o゚")ドーシヨ
by kokimix
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【あんた、誰?】
東京都内で歌い手(専門はミュージカル)を営んでいる50前男です。時々司会・通訳もします(^^)
11月20日金曜日中目黒楽屋でライブを行います!みなさま良くご存じのスタンダードばかりを集めたプログラムです。バイオリンも共演!美味しいお料理で評判のお店に、ぜひお越し下さい!!
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カテゴリ:旅行記( 58 )


アメリカ旅行2016<NY編> 5

その後、もちろんタイムズスクエアなどにひとりで出歩く機会があったのですが、いわゆる観光地としてのニューヨーク/マンハッタンは、機能こそ東京と変わらない部分も多かったですが、ニューヨークならではと言った事も体験しました。

まず、ハーレムの近くには、沢山イスラム教の寺院や信者の居住地域もあります。通りの名前にもなっているマルコムXは、キリスト教徒から改宗してイスラム教徒になりました。そのためか、周囲にハラールフードのデリが多く点在し、夜遅くまで地元の人達で賑わっていました。
が、やはりここでも明らかに東洋人は門外漢で、とても気軽に入って何かを買おうなどと言う気にはなれませんでした…よく夜中、店先で激しい言い合いなんかも聞きましたしね。先述の通り、ホームレスも多く通りに出ていましたが、話によれば前よりも全然少なくなったとか。一度夜近所のフライドチキンが名物のファーストフードの店に買い出しに出かけた時、帰り道に杖を持った大きな黒人のホームレス(薬物中毒者?)から大きな声で「中国人か、このやろう!」と脅かされて、ビックリした事もありましたね。
ちなみに、こちらをその"Kennedy's"で買いました…フライドシュリンプボウル
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アメリカ人の食欲は、ご想像/ご存知の通りかなり旺盛なので、レストランで出される一皿の量がまことに多い!だから、ほとんどの店にはちゃんと持ち帰り用の容器があって、テイクアウトが出来るようになっています。
ある日、以前に大変お世話になった方(ブロードウェイのプロデューサー)の弟さんと言う方と食事をご一緒しました。そのレストランはトランプタワーの近くにある”Tina’s”というキューバ料理レストランです。
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日本ではあまりなじみがないですが、味付けもマイルドで、かなり食べやすいスタイルの料理です。
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帰りに食べ切れなかったエビのガーリックソース、揚げ鶏、サフランライスとブラックビーンズ、そして青いバナナの天ぷら:プランテンなどを持ち帰りましたが、帰ってその夜に電子レンジで温めて、夕食にもちょうどいい量。しかも、値段もそれほど高くない!
こちらは、只今NYエリアのTVなどで活躍中のホルヘ・アコスタ氏、ジョンの友達です。
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その日はランチタイムに訪れたのですが、ビジネスマンが列をなして食べに来る人気の理由が分かりました。
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by kokimix | 2016-05-01 23:05 | 旅行記

アメリカ旅行2016<NY編> 4

NYの地下鉄はなかなか張り巡らされているので、一見取っつきにくそうです。

しかし、日本で電車に乗り慣れている方にとっては簡単簡単(^-^)
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駅の出入り口を過ぎた所にある自販機でメトロカードを買います。
これは1日乗車券・一週間乗車券・その都度チャージするタイプなど多種あるので、必要に併せて選べば大丈夫。
無論クレジットカードも使えます。
その後ゲートにあるスキャナーでメトロカードを読み込んでホームに入る訳ですが、このスキャナーがなかなか曲者で、たまに簡単に読み込んでくれないことがあります…
ちなみにNYの地下鉄は、入る時のみカードを読み取ります。出る時は、単にディズニーランドの様な出口を使って外に出ます。

ただ気をつけたいのは、乗り場なんですが…

日本のバスの停留所の様に、行きたい方向によって出入り口の位置が通りをはさんで反対になっていると言う所です。
というのも、プラットホーム同士をつなぐ通路がほぼどの駅にもないからです(例外:タイムズスクエア駅、ペンシルバニア駅などの大きな駅)。

だから、一度間違ったホームに入ってしまうと、もう反対側には戻れないのです。
これで僕は2回ほど運賃を損してしまいました。もしかしたら窓口に行けば払い戻ししてくれたのかも…と今になって思います。といって、大きな駅の窓口にしか係のひとはいないのですが。
これを予防するためには、まず出入り口の看板に書いてる「行き先/方向」を必ず確認する事。
主に地下鉄は南北に走っています。
(写真中の125st Downtown & Brooklynが南行きというサイン)
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だから、自分が行きたい方向が北なのか南なのかをちゃんと分かっていれば、間違いないと言う訳。
しかし、車内にははっきりしたアナウンスもなく(あるけど、とても聞き取りづらく、当てに出来ない)行き先を表す案内板もあるけど、前にその車両が走っていたルートのままだったりして「この案内板は現行のルートを反映していません」のような不親切な書きかたをしてあるのです。書くぐらいなら、とっとと入れ替えればいいのに!
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(ハーレムにある駅なので、ゴスペルがテーマのモザイクが)

そして、これは街全体で言える事なのですが…
たまに、車内にて大きな声で話し出す人が現れます。大抵の場合、これらのひとはホームレスで、自分の生い立ちや現在の不幸な境遇、苦しい暮らし向きなどについて滔々と語ります。
無論、80%の人はこれらの演説を聞いてもほぼ無視するわけですが、僕が宿泊していたハーレムでは、地下鉄の乗り始めもやはり90%は黒人の皆様。
そこへ黒人のホームレスの方が入ってきた時に、数少ない東洋人としてはなるべくオーラを消し、トラブルを回避するということを覚えた次第です。

それでも、奇特な方が5ドル札を彼らの古ぼけた紙コップや洗濯していない帽子などに入れてあげる訳で…後で聞いた話だと、ホームレスとは言いながら、帰ればなかなかステキなお家にお住まいで、そんなに悪くない暮らしをしている人も少なくないとか…
これも、大都会ならでは^^;)

by kokimix | 2016-04-29 13:40 | 旅行記

アメリカ旅行2016<NY編> 3

さて、ニューヨークに来たはいいのですが、なにしろ香港への6時間飛行

つづいて香港からNYへの17時間飛行で、僕の身体&頭はへとへとで

芝居を観ようとか観光とかへの意欲は見事に萎えていて

とりあえず、近所から探索してみる事に…
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前回書いたように、僕の宿泊先はハーレムに位置していたので

周りはいわゆる黒人/アフリカンアメリカンの皆様が多い地域

昼間からなかなかのテンションで

別に常に乱暴とか粗野とかいうことはもちろんないのですが

それなりにこちらも心構え、というか「覚悟」が必要と感じたのは事実です

というのも、僕がいた時期にハーレムにいた東洋人(中華圏・東南アジア圏含めて)は

僕一人しかいないということに気づいたから

その後、NYをいろいろ廻って気づいたのですが

マンハッタンのざっくりした人口分布の区分けは

北:アフリカンアメリカン中心コミュニティ、中部:観光+商業地域

南:アジア人…ほとんどは中国か韓国からの移民がやっとチラホラ

あくまで、僕の個人的な見解ですが
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一応憧れのアポロシアターへも歩いて行ける距離だったので、尋ねてみましたが

聞きたいと思うアーチストが出演していなかったため、中には入りませんでした
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また、その経路にあるハンバーガー店:ハーレム・シェイクには何度かお世話になりました
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すごくシンプルなハンバーガー/ホットドッグを提供してくれるテラス付きのカフェっぽい店
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アポロに出演のアーチストも出前やテイクアウトを頼んだと言われ、店内には多数の写真も
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その目の前には、地下鉄の出入り口があります

次回は、その地下鉄に関して、ちょっと書きたいと思ってます…

by kokimix | 2016-04-25 13:37 | 旅行記

アメリカ旅行2016<NY編> 2

今回僕らがNYの宿泊先に選んだのは、Air B&Bつまり民泊です。こちらはウェブで検索するとかなり沢山の選択肢が出てくるみたいなのですが(全部ジョンに丸投げ^^;)ハーレムにある2LDKを選びました。
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NYに着いて、そこで一番最初に出迎えてくれたのは、ジョンの上の姉さん:ジニー(姉さんは二人います)とその娘ガブリエラ。彼女らは、わざわざ住んでいるボストンからNYへと会いに来てくれたのでした。
広々としたリビングに、立派なキッチンとダイニングエリア(アメリカではDKという概念は薄い)ガスだけど暖炉もあり、奥にはベッドルームがふたつ。リビングにはソファベッドがあって、ゆうに6人は寝る事ができるアパートでした。ちなみに建物は3階建てで、2+3階部分はオーナーさんが、1階(というか、こちらの典型的な造りで、日本で言う中地下)が我々の宿泊する部分です。そこから5分ほど歩けば、地下鉄の125th street駅に行けますし、マルコムX通りには大きいドラッグストアもあって、買い物にもほぼ困る事はありませんでした。
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到着した晩は、ジニーとガブリエラ、我々の4人がここに泊まりました。
次の朝、ゆっくり朝ご飯を食べました。ガブリエラの料理上手な事!
その後ジョンの大学時代の芝居仲間が2、3人来てくれ、ひたすら一日中皆で一緒におしゃべりを楽しんで過ごしました。

その日3月6日はジニーの誕生日だったので、夜には皆で連れ立ってハーレムでも有名なRed Rooster Restaurantへと向かいました。 http://redroosterharlem.com/
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ここはオバマ大統領を始め名だたる有色の名士が集まる有名店。無論お肌の色が違う方も多数ご来店ですが。いかにも、誕生日ディナーに相応しい、華やかで上品な、しかし温かいソウルフードを提供してくれるお店でした。ちなみに僕が注文したのはタキート・スモーガスボード。
タキートは小さいタコスと言う意味で、僕の皿には3種類の違ったエビやポーク、サーモンなどのトッピングが乗ったタキートが。タコスと言っても、多分トウモロコシや小麦粉で作った皮では無かったように思います。ちょっと平たい焼きおにぎり風。

向こうで気づいたのですが、アメリカでは今以前にも増した健康ブームが席捲していて、メニューのあちこちにオーガニック食材を始め、ヴィーガンやグルテンフリーなどの文字が踊ります。多分、僕のタキートも玄米か全粒粉で出来ていたのではないかと思いましたが…

by kokimix | 2016-04-21 22:35 | 旅行記

アメリカ旅行2016<NY編>1

さて今回から何回かに分けて、僕が3月に行ったアメリカ旅行の徒然を少々記したいと思います

…ちょっと、今さら感もありますが^^;)とりま、忘れちゃう前に

この旅行は、毎年僕とパートナーのジョンが行っている年一度の贅沢なのですが

今年は「ジョンの家族と友達に会う旅」というコンセプトが設定されました

で、今回…というか「今回も」ではあるのですが、

いつも海外への出発は朝早くなってしまうのが通例になっています

というのも、朝早くのフライトは安価である事が多いから

今回は、知り合いのツテ(アメリカでチケットを買ってもらった)で

初めてキャセイパシフィックを利用しました

しかし、その前に…

何せ小生最後に北米大陸に行ったのが2006年なもんで

一般には周知の事なのかも知れませんが、僕はESTAなるものについての知識がありませんでした

ご存知ないかたのために ⇒ https://ja.wikipedia.org/wiki/電子渡航認証システム

飛行機の予約が日本の代理店を通じていれば、必ず確認があったのでしょうが

いかんせんアメリカ経由だったので、こちらもあちらもノーマーク^^;)

成田空港での朝6時のチェックインの段階で、バッチリ止められて

その場で携帯にて政府のウェブサイトに申請

しかーし!出発のその日は、土曜日!

なかなか確認の返信が来ず…チェックイン締め切り10分前にやっと申請が降り

やっと手荷物検査に向かったと言う、早速のオマヌケを演じました(*´ο`*)=3
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航空会社については、ファンもいらっしゃると思うので多くの文句は書きませんが、

たまたまなんでしょう、僕が乗った機体はかなり古かったように思いました

CAの皆様はとにかく才色兼備で、見目麗しい方々ばかり(これはホント)

お食事は…んー…んー…「(´へ`;
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この便の旅程は、まず香港に向かい(約6時間くらい)6時間くらいレイオーバーの後

NYへと17時間かけて飛ぶというもの
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とにかく、香港空港ではなにかもお高くて、

若い頃「香港ナンチャラ」というタイトルの作品に出演していたのにも拘わらず

「できればこの空港に来るのはこれを最後としたい」などとひとりごちてしまう始末

なんだかんだでクタクタになって、夜遅くにアメリカいちの大都市へを到着したと言う次第でした

by kokimix | 2016-04-20 21:13 | 旅行記

タイ写真その12

そろそろ、旅も終盤で

こちらは、ある晴れた日のジョムティエンビーチ@TUI'sの食堂
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もうそろそろ雨期(タイの雨期は6〜9月初旬)も明けて来る頃

その頃に帰国なんて、ちょっともったいないけど^^;)

ま、しゃーない

で、バンコクに戻り

アリソンのBFのR氏と合流

で、馴染みのホテルピナクルの近くに位置する

レストラン"The One"で食事

R氏が「タイに来たら、絶対タイ料理」というポリシーを崩さない人なので

すごくこの気持ちは分かる

誰が、わざわざ高い金払って、まずい日本食を外国で食べようと思うかと言う事を考えると^^;)

僕らは、なかなか良いメキシカン料理のお店がサットーンにあったので、

そこに行こうと思っていたけど

メキシカンはいつでも食べられるしね…

で、そこのレストランで食べたのが、これらで
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パッと見、室内に見えるが

実は屋外のテーブルで

ここの売りは、外のテーブルの下を川(?^^;)が流れていて

そこで食事が出来ると言うギミック…

確かに、何匹か鯉がいたけどね…鮒だったかも

当日は、雨降ってきちゃって

外で食べるのはちょっと個人的にイヤだったんだけど

長いものに巻かれましたorz

このレストランは、シーフードで有名なので

味もまあまあ

ちょっと高くなったかな?気のせい?

by kokimix | 2010-10-28 13:05 | 旅行記

タイ写真その11

なんか、しばらくこの項目のアップをしないでいたら

すっかり旅行そのものの事を忘れかけてる、年老いた自分て^^;)

で、この風景は、曇ってるジョムティエン@ビーチチェア
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曇ってても、紫外線は通るので、サンブロックは必須

海だからね、あなどれない(´`)

で、この日の夕食…
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確か、白身魚のブロシェットだったと思うんだけど

ブロシェットって、串焼きのこと(こじゃれた言い方^^;)

でも、いずれにしても、外して食べるんで、

かんけ〜ないじゃん┐(´~`)┌

でも、美味しかったな

by kokimix | 2010-10-24 14:58 | 旅行記

タイ写真その10

いままでカテゴリを日記にしてたんだけど

良く考えたら、これって「旅行記」じゃんと思い直して^^;)

近いうちに、過去のカテゴリも直します…

で、
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これは再びボーイズタウンのカフェロワイヤルなんだけど

前回の「外のテラスで食べる」というのは、あまりにせわしないという事で

今回は店内に移動…

中では、8時から、愚にもつかない歌手(ごめんね…でも、ホントにそうなんだもん)

が歌い出すというスケジュールだそうで

僕らが行った時は、オフシーズンということもあって、歌はなし

愚にもつかないキーボード演奏だった^^;)

僕が頼んだのは、写真のポークソテーマスタードソース

これは美味しかった

で、夕食終了後

一緒に行ったアリソンが前から目をつけていたマッサージ師の○○君(名前失念)

をまた窓の外に見つけ

アリソンは、その彼と共に向かいのアンビアンスの一室に消えました(*´艸`) アララ

1時間ほどして(僕らはアンビアンスのテラスでコーヒー)アリソン戻り

「気持ちえがった〜〜〜'+。(*♡∇♡)。+゚とご満悦

その後、併設されているBoysBoysBoysに入り、ショーなど見たり

これはカフェロワイヤルの外観
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最近、ボーイズタウンも様変わりし、

バーの名前が変わったり、移転する店が出てきたりで

景気がいいのか悪いのか(・_・?)

by kokimix | 2010-10-05 14:22 | 旅行記

家族旅行 <熊本~長崎>3

*さて3日目

国崎旅館の朝飯はシンプルだが、なかなか食べられていつも嬉しい。ご飯も炊きたてだし(当たり前のようだが)、そばに添えてある湯豆腐やジャコ天、温泉タマゴなどにもついつい箸が伸びる。

とても良い天気だったので、少し早めに出発。一路橘湾(たちばなわん)にある通称「たけびの浜」までタクシーで向かう。そこは波で浸食されて丸くなった岩が無数に並ぶことから千々石(ちぢわ)と呼ばれる地域だ。この近くの愛野町(現在は雲仙市に合併されている)に祖母は長く暮らしていた。祖母の実家もその地域にある。ここで我が母親は妹と共に、戦争から帰るはずの祖父を待っていたのだ。
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*今回の旅の目的のもう一つ

それが前回(5月の始め)の旅と同じく、祖母の散骨が目的だったのだが、母の中に迷いがあったらしい。祖母は長崎の出身だが、祖父は熊本の天草の出身。祖父は西田と言う家にもともと生まれたのだが、上山と言う、もう名前ばかりで家系が途絶えそうな家の跡取りとして養子になったのだ。

その頃、跡取り息子は徴兵されにくいだろうという一種おまじない的な目的もあって(実際後に祖父は徴兵されているが、この行動の有効性は日清・日露戦争までだったらしい)養子になったのだと言う。ちなみに祖父は9人兄弟。一人ぐらいいなくても、充分に他がいたということか。
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祖母は教師を定年退職した時に、その退職金を持参して、天草の西田家の墓の隣に上山家の墓を建てたのだと言う。ところが祖父の遺骨は、フィリピンで戦死したということで帰還せず、ただ桐の箱だけが送られてきたらしい。しかし何故だか祖父の母の墓が長崎にあって、他の人が墓守をしてるので、そちらに本来は納骨するのが筋なのだ(祖母は上山家の嫁なので)。

ところが、母が祖母本人に遺志を確認したところ、散骨と言う方法が一番理に適っていると考えたらしい。骨を海に撒けば、その先に繋がる祖父の戦死した場所:フィリピンにも繋がっているし、いつでも海を見たら祖母のことをみんな思い出すのではないかと、母は考えたのだ。
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*海岸で散骨も無事に終わり

そろそろ満ちて来そうな海岸を眺めながら、田中家(地元では中島の名で知られる名家)のご招待で、海岸に建つ食事処「あじ彩」へ昼食を食べに行った。

その食事処が建っている場所は、母が小学校から中学校にかけてを過ごした思い出の土地。その敷地内にその昔住んでいたのだと言う。前から母の実家:松尾家はやはり地元の名家で、その娘の祖母(名前は久寿:くす)は、若い頃地元の人から「おくすさま」と呼ばれていたらしい。先の田中家との関係を母に聞いても「上手く説明できないが、やはりお互いに養子縁組を繰り返して今の関係になった」という腑に落ちない説明しか出てこなかった。一応本家が田中で、松尾は分家…らしい。
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*れんこんづくし

当日は文化の日ということもあって、店内は満席だったが、前々から田中家の注文でちゃんと座敷を予約してあったと言うことで難なく着席。いざ食事の注文を、と思ったところ、店側から「コースのご予約をうかがっております」とのこと。母は「このままでは田中家がこの食事の代金を払ってしまうかも」と焦りつつ「どんな予約なんですか?」と尋ねると、出てきたのが『れんこんづくしコース』という地元の名産品を使ったコース懐石。これには父がびっくりし、しまったあんなに調子に乗って朝食を食べるんじゃなかったとか何とか…

地元と言うのは、隣町の唐比(からこ)と言う場所でとれるれんこんが全国でも有名なのだそうで。出てくる全てのメニューにこのれんこんが使われている。れんこん豆腐、れんこんと蟹の揚げしんじょ、れんこんハンバーグ、れんこんはさみ揚げ、れんこんとろろ汁などなど…ひとつひとつに量がないので、僕は何とか食べられたが、母は念のために近所に住む松尾家のお嫁さんに子供と来てもらって、アシストを依頼。

*食後、再びタクシーで

愛野町の田中家へ。そこでは、僕はもう20数年会っていなかった当主の大叔母様とご挨拶し(この辺が長崎はとても厳しい…土間や玄関で軽く会釈をしたら、その後改めて座敷でちゃんとお辞儀をする習慣)、お仏壇に線香を上げ、田中の若旦那(と言っても僕より7,8つ上)のお嫁さんを交えて歓談。
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その後、今度は同じことを松尾家でもする。松尾家には、僕自身もっと近しい感じがあったので(実際もっと頻繁に訪ねている)、ちょっと簡単に。
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そうこうする内に日も暮れてきて、空港へと向かわなければならない時間になった。
最後に祖母が生前住んでいた家をもう一度訪ねた。祖母が遺して行った機織り気(紬を織るのが趣味だった)や砧、糸巻き、庭の植物たちなどは思い出が格別にある。
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しかし、寄せる時間の波に、周囲のがけは全部コンクリートで固められ、泥道は舗装され、昔僕が遊んだ田んぼや畑もすっかりその形を潜めてしまった。景色として、とてもつまらない場所になってしまった。もちろん安全のためには致し方ないことなのは分かっているが、周囲の石塀で囲まれた段畑などもどんどん姿を消し、汚いとか醜いと判断されたものは容赦なく取り払われて行く。

帰り道に、少しセンチメンタルになった…
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by kokimix | 2007-11-08 22:20 | 旅行記

家族旅行 <熊本~長崎>2

* 次の日の朝

散々豪華料理に文句をつけた後だったので、宿の朝食にはあまり期待は出来なかった。事前に宿から和・洋どちらがいいかと訊かれていたので、母は洋食、父と僕は和食を頼んだ。洋食のラインナップに好きなベーコンが入っていなかったためだが。

朝起きて、昨日入らなかった露天風呂に入ってみる。半畳ほどの小さなスペースだが、なかなか心地の良い水温でしばしため息…しかし、身体を洗う所の作りが機能的でなく、デザイン重視だったのが気になった。どちらの蛇口がお湯なのかも書いてないし、シャワーヘッドがどっちを向いているかもわからない(細長い筒状なので)おまけにバスタブが卵型、と言うかゆりかごのような形をしている。

父曰く「あれじゃ年寄りは溺れるぞ」。

さて階下に下りて朝食。母の洋食セットは大きな丸太のような陶器の器に、全部一緒くたに盛られていた。見た目は「わ~豪華!」と言う感じなのだが、食べ心地がどうだったかは未確認。一緒に盛られたソーセージを見て、あれがベーコンだったら意見を翻したかも…などと思った。
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和定食はまあまあの品揃え。中心のおかずは味のみりん干だが、小さくて薄い!烏賊のゲソ刺しとやたら味の薄い玉子焼き(昨日のなすの揚げ出しはあんなに味が濃かったのに!)、おから、ヨーグルトなどがお盆に乗って来た。父が「あ、ご飯が炊き立てじゃない!」と気が付いてお変わりを止めた。別に僕は不味いとは思わなかったが、確かに昨日のじゃこ飯より弱冠固めかなとは思った。

終始僕が思ったのは、厨房スタッフの経験・知識不足と、味付けの不安定感。もしかしたら中のスタッフは女性かもしれないと思ったが、そう書くと女性蔑視になるのだろうか。女性の料理人を卑下はしないが、味が一定でないのはプロとしては失格だ。また、見た目にこだわり過ぎて味や細工がおろそかになるのも頂けない。
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*さて、出発

前日電話で頼んでおいた花を持って、一路タクシーで大江に住む母の母方の従兄弟夫婦:西田夫妻に会いに行く。1時間ぐらいタクシーに乗ったが、僕は爆睡…着いた所はひなびた山間の小さな集落。その坂だらけのところを、タクシー(周辺一台きりしかない)は器用にクネクネ曲がりながら(時々スイッチバックも)ようやく到着。
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そこでは、気のいい感じの70代の夫婦が待っていてくれた。この夫婦の性は西田と言うのだが、家の母の旧姓は上山。上山家には代々男性が少なかったので、兄弟が沢山できると、他のうちから家督を継がせるために養子を迎えることが多かった。母の父も、そしてその父(母にとっては祖父)も続けて養子となった。これには「各家族の第一子男性は徴兵されない」と言うその頃の法令があった頃から「徴兵避け」の意味合いも多かったらしい。

そこで、今回祖母が亡くなった事で、祖母の遺骨をその天草の墓に分骨するかどうかを相談するのと、祖父が生前信じていたと言う「神道」形式の祀り方でこのまま行くのかが話し合われた。西田家では、祖父の遺骨を自分たちの信仰する曹洞宗(禅宗)に戻して一括供養とすることが提案された(もともと西田の家の人なので)。祖母は自分の退職金で上山の墓を天草に建てていた(西田家の墓の隣)が、そこには現在祖母の母が眠っていると言う話。
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しかし、祖母が生前自分がどう埋葬されたいかを相談された時に「どげんしよーばいねー」(どうしようかねぇ)と決めあぐねていたので、見かねて母が「海に散骨するって言う手もあるのよ、そうしたお父ちゃまがいらすフィリピン(祖父はフィリピンで戦死)にもつながっているし…」と提案したのだそうだ。「それもよかねぇ」(それもいいわねぇ)と言いながら祖母は静かに亡くなったので、母としてはその遺志は尊重したいと思っていた。

結果的に祖父の遺骨(と言っても戦死なので、遺骨は無い、箱だけ)は西田家の方に戻し、祖母は母の一存に任せると言うことで話はついた。

が、こればっかりは一族全体の問題なので、彼女一人で全てを決めてしまうと、後々遺恨を残すことになりかねない。そこで、コンセンサスを取ってしまおうというのが今回の旅行の目的の一つだったわけだ。

結果的に祖父の遺骨(と言っても戦死なので、遺骨は無い、箱だけ)は西田家の方に戻し、祖母は母の一存に任せると言うことで話はついた。

ちなみに母の祖父はクリスチャンである。場所が天草であることと、祖祖父が長くアメリカ留学をしていた事(この話はまたとても興味深い…逆「シンドラーのリスト」みたいな話なのだ)もあるのだろう。葬式は後で紹介する大江天主堂で葬式を挙げたくらいなのだ。しかし今はやはり西田のうちで合同供養をしてもらっているらしい。
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話し合いの後、軽く両家の墓をお参りし、西田家に戻ってきて昼食。ずいぶん時間が経った様に文章では思えるが、朝食からわずか3時間ぐらいのことだったので、両親も僕もまだそんなに腹は減っていない。だが、田舎に住む老夫婦が出来る最大限のもてなし:山盛りの刺身・すし・天麩羅お膳に並び、その中で一番若い自分が一手にそれらを引き受けることになってしまった…。

ま、海沿いの町だから、魚に間違いはないのだが。いかんせん、胃の中に入らない…
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*西田家を後にし

一路しばしの間観光へ。実はうちの一家は観光に興味が薄い。つまらない一家だと言われればそれまでだが、観光スポットのようなところには滅多に行かない。今回は天主堂関係だけは見てみようと言うことになり、ます大江天主堂へ。
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母が小さい頃、長崎に疎開する前に祖父の実家があった天草に2年ほどいた時に天主堂などにもチョクチョク遊びに来たそうだ。その頃は林の中にひっそりと立つ寂しげな建物だった(当局に弾圧されていた為)が、今はキレイな公園のようになっている。
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大江天主堂は天草南島の西南に位置しているが、次に行った崎津天主堂はそれより東南、羊角湾に建っている。ここは、小さいが美しい小さな湾に面した、なかなかロマンチックな教会で、その画面全てが完成された絵画のようだった。
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*そして一路、長崎側へ

再び島原高速フェリーに乗り、30分ほどで口之津と言う港へ。そこから小浜の国崎旅館と言う宿へ向かう。ここには前回宿泊したので、勝手は承知している。ひなびた良い雰囲気の旅館だ。http://kunisaki.jp/

フロントに入ると、大皿に入ったグッピーたちがお出迎え。二階のゆりの間が僕らの部屋だ。
こちらの方が、食事も安定している。誰が板さんなのかも知っているし、母が事前に「生ものはそんなに沢山要らないから、車えびの良いのとあわびの鬼焼きを注文したい」というリクエストに応えて、車えびではないが同等のサイズのエビや、ちょうど11月1日で禁猟になってしまった黒あわびを一つだけ我々の為に残しておいてくれて、あとの二つはちょっと小ぶりのもので済ませることになった。

僕は食べられればどちらでも良いのだ。

料理は他に、地元の豚肉を使ったしゃぶしゃぶ、鯛のかぶら蒸しなどが出されたが、量もちょうど良く、満足できた。
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by kokimix | 2007-11-05 10:13 | 旅行記