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そろそろ、旅も終盤で

こちらは、ある晴れた日のジョムティエンビーチ@TUI'sの食堂


もうそろそろ雨期(タイの雨期は6〜9月初旬)も明けて来る頃

その頃に帰国なんて、ちょっともったいないけど^^;)

ま、しゃーない

で、バンコクに戻り

アリソンのBFのR氏と合流

で、馴染みのホテルピナクルの近くに位置する

レストラン"The One"で食事

R氏が「タイに来たら、絶対タイ料理」というポリシーを崩さない人なので

すごくこの気持ちは分かる

誰が、わざわざ高い金払って、まずい日本食を外国で食べようと思うかと言う事を考えると^^;)

僕らは、なかなか良いメキシカン料理のお店がサットーンにあったので、

そこに行こうと思っていたけど

メキシカンはいつでも食べられるしね…

で、そこのレストランで食べたのが、これらで


パッと見、室内に見えるが

実は屋外のテーブルで

ここの売りは、外のテーブルの下を川(?^^;)が流れていて

そこで食事が出来ると言うギミック…

確かに、何匹か鯉がいたけどね…鮒だったかも

当日は、雨降ってきちゃって

外で食べるのはちょっと個人的にイヤだったんだけど

長いものに巻かれましたorz

このレストランは、シーフードで有名なので

味もまあまあ

ちょっと高くなったかな?気のせい?

by kokimix | 2010-10-28 13:05 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

なんか、しばらくこの項目のアップをしないでいたら

すっかり旅行そのものの事を忘れかけてる、年老いた自分て^^;)

で、この風景は、曇ってるジョムティエン@ビーチチェア


曇ってても、紫外線は通るので、サンブロックは必須

海だからね、あなどれない(´`)

で、この日の夕食…

確か、白身魚のブロシェットだったと思うんだけど

ブロシェットって、串焼きのこと(こじゃれた言い方^^;)

でも、いずれにしても、外して食べるんで、

かんけ〜ないじゃん┐(´~`)┌

でも、美味しかったな

by kokimix | 2010-10-24 14:58 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

いままでカテゴリを日記にしてたんだけど

良く考えたら、これって「旅行記」じゃんと思い直して^^;)

近いうちに、過去のカテゴリも直します…

で、


これは再びボーイズタウンのカフェロワイヤルなんだけど

前回の「外のテラスで食べる」というのは、あまりにせわしないという事で

今回は店内に移動…

中では、8時から、愚にもつかない歌手(ごめんね…でも、ホントにそうなんだもん)

が歌い出すというスケジュールだそうで

僕らが行った時は、オフシーズンということもあって、歌はなし

愚にもつかないキーボード演奏だった^^;)

僕が頼んだのは、写真のポークソテーマスタードソース

これは美味しかった

で、夕食終了後

一緒に行ったアリソンが前から目をつけていたマッサージ師の○○君(名前失念)

をまた窓の外に見つけ

アリソンは、その彼と共に向かいのアンビアンスの一室に消えました(*´艸`) アララ

1時間ほどして(僕らはアンビアンスのテラスでコーヒー)アリソン戻り

「気持ちえがった〜〜〜'+。(*♡∇♡)。+゚とご満悦

その後、併設されているBoysBoysBoysに入り、ショーなど見たり

これはカフェロワイヤルの外観

最近、ボーイズタウンも様変わりし、

バーの名前が変わったり、移転する店が出てきたりで

景気がいいのか悪いのか(・_・?)

by kokimix | 2010-10-05 14:22 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

*さて3日目

国崎旅館の朝飯はシンプルだが、なかなか食べられていつも嬉しい。ご飯も炊きたてだし(当たり前のようだが)、そばに添えてある湯豆腐やジャコ天、温泉タマゴなどにもついつい箸が伸びる。

とても良い天気だったので、少し早めに出発。一路橘湾(たちばなわん)にある通称「たけびの浜」までタクシーで向かう。そこは波で浸食されて丸くなった岩が無数に並ぶことから千々石(ちぢわ)と呼ばれる地域だ。この近くの愛野町(現在は雲仙市に合併されている)に祖母は長く暮らしていた。祖母の実家もその地域にある。ここで我が母親は妹と共に、戦争から帰るはずの祖父を待っていたのだ。

*今回の旅の目的のもう一つ

それが前回(5月の始め)の旅と同じく、祖母の散骨が目的だったのだが、母の中に迷いがあったらしい。祖母は長崎の出身だが、祖父は熊本の天草の出身。祖父は西田と言う家にもともと生まれたのだが、上山と言う、もう名前ばかりで家系が途絶えそうな家の跡取りとして養子になったのだ。

その頃、跡取り息子は徴兵されにくいだろうという一種おまじない的な目的もあって(実際後に祖父は徴兵されているが、この行動の有効性は日清・日露戦争までだったらしい)養子になったのだと言う。ちなみに祖父は9人兄弟。一人ぐらいいなくても、充分に他がいたということか。

祖母は教師を定年退職した時に、その退職金を持参して、天草の西田家の墓の隣に上山家の墓を建てたのだと言う。ところが祖父の遺骨は、フィリピンで戦死したということで帰還せず、ただ桐の箱だけが送られてきたらしい。しかし何故だか祖父の母の墓が長崎にあって、他の人が墓守をしてるので、そちらに本来は納骨するのが筋なのだ(祖母は上山家の嫁なので)。

ところが、母が祖母本人に遺志を確認したところ、散骨と言う方法が一番理に適っていると考えたらしい。骨を海に撒けば、その先に繋がる祖父の戦死した場所:フィリピンにも繋がっているし、いつでも海を見たら祖母のことをみんな思い出すのではないかと、母は考えたのだ。

*海岸で散骨も無事に終わり

そろそろ満ちて来そうな海岸を眺めながら、田中家(地元では中島の名で知られる名家)のご招待で、海岸に建つ食事処「あじ彩」へ昼食を食べに行った。

その食事処が建っている場所は、母が小学校から中学校にかけてを過ごした思い出の土地。その敷地内にその昔住んでいたのだと言う。前から母の実家:松尾家はやはり地元の名家で、その娘の祖母(名前は久寿:くす)は、若い頃地元の人から「おくすさま」と呼ばれていたらしい。先の田中家との関係を母に聞いても「上手く説明できないが、やはりお互いに養子縁組を繰り返して今の関係になった」という腑に落ちない説明しか出てこなかった。一応本家が田中で、松尾は分家…らしい。

*れんこんづくし

当日は文化の日ということもあって、店内は満席だったが、前々から田中家の注文でちゃんと座敷を予約してあったと言うことで難なく着席。いざ食事の注文を、と思ったところ、店側から「コースのご予約をうかがっております」とのこと。母は「このままでは田中家がこの食事の代金を払ってしまうかも」と焦りつつ「どんな予約なんですか?」と尋ねると、出てきたのが『れんこんづくしコース』という地元の名産品を使ったコース懐石。これには父がびっくりし、しまったあんなに調子に乗って朝食を食べるんじゃなかったとか何とか…

地元と言うのは、隣町の唐比(からこ)と言う場所でとれるれんこんが全国でも有名なのだそうで。出てくる全てのメニューにこのれんこんが使われている。れんこん豆腐、れんこんと蟹の揚げしんじょ、れんこんハンバーグ、れんこんはさみ揚げ、れんこんとろろ汁などなど…ひとつひとつに量がないので、僕は何とか食べられたが、母は念のために近所に住む松尾家のお嫁さんに子供と来てもらって、アシストを依頼。

*食後、再びタクシーで

愛野町の田中家へ。そこでは、僕はもう20数年会っていなかった当主の大叔母様とご挨拶し(この辺が長崎はとても厳しい…土間や玄関で軽く会釈をしたら、その後改めて座敷でちゃんとお辞儀をする習慣)、お仏壇に線香を上げ、田中の若旦那(と言っても僕より7,8つ上)のお嫁さんを交えて歓談。

その後、今度は同じことを松尾家でもする。松尾家には、僕自身もっと近しい感じがあったので(実際もっと頻繁に訪ねている)、ちょっと簡単に。

そうこうする内に日も暮れてきて、空港へと向かわなければならない時間になった。
最後に祖母が生前住んでいた家をもう一度訪ねた。祖母が遺して行った機織り気(紬を織るのが趣味だった)や砧、糸巻き、庭の植物たちなどは思い出が格別にある。

しかし、寄せる時間の波に、周囲のがけは全部コンクリートで固められ、泥道は舗装され、昔僕が遊んだ田んぼや畑もすっかりその形を潜めてしまった。景色として、とてもつまらない場所になってしまった。もちろん安全のためには致し方ないことなのは分かっているが、周囲の石塀で囲まれた段畑などもどんどん姿を消し、汚いとか醜いと判断されたものは容赦なく取り払われて行く。

帰り道に、少しセンチメンタルになった…

by kokimix | 2007-11-08 22:20 | 旅行記 | Trackback | Comments(2)

* 次の日の朝

散々豪華料理に文句をつけた後だったので、宿の朝食にはあまり期待は出来なかった。事前に宿から和・洋どちらがいいかと訊かれていたので、母は洋食、父と僕は和食を頼んだ。洋食のラインナップに好きなベーコンが入っていなかったためだが。

朝起きて、昨日入らなかった露天風呂に入ってみる。半畳ほどの小さなスペースだが、なかなか心地の良い水温でしばしため息…しかし、身体を洗う所の作りが機能的でなく、デザイン重視だったのが気になった。どちらの蛇口がお湯なのかも書いてないし、シャワーヘッドがどっちを向いているかもわからない(細長い筒状なので)おまけにバスタブが卵型、と言うかゆりかごのような形をしている。

父曰く「あれじゃ年寄りは溺れるぞ」。

さて階下に下りて朝食。母の洋食セットは大きな丸太のような陶器の器に、全部一緒くたに盛られていた。見た目は「わ~豪華!」と言う感じなのだが、食べ心地がどうだったかは未確認。一緒に盛られたソーセージを見て、あれがベーコンだったら意見を翻したかも…などと思った。

和定食はまあまあの品揃え。中心のおかずは味のみりん干だが、小さくて薄い!烏賊のゲソ刺しとやたら味の薄い玉子焼き(昨日のなすの揚げ出しはあんなに味が濃かったのに!)、おから、ヨーグルトなどがお盆に乗って来た。父が「あ、ご飯が炊き立てじゃない!」と気が付いてお変わりを止めた。別に僕は不味いとは思わなかったが、確かに昨日のじゃこ飯より弱冠固めかなとは思った。

終始僕が思ったのは、厨房スタッフの経験・知識不足と、味付けの不安定感。もしかしたら中のスタッフは女性かもしれないと思ったが、そう書くと女性蔑視になるのだろうか。女性の料理人を卑下はしないが、味が一定でないのはプロとしては失格だ。また、見た目にこだわり過ぎて味や細工がおろそかになるのも頂けない。

*さて、出発

前日電話で頼んでおいた花を持って、一路タクシーで大江に住む母の母方の従兄弟夫婦:西田夫妻に会いに行く。1時間ぐらいタクシーに乗ったが、僕は爆睡…着いた所はひなびた山間の小さな集落。その坂だらけのところを、タクシー(周辺一台きりしかない)は器用にクネクネ曲がりながら(時々スイッチバックも)ようやく到着。

そこでは、気のいい感じの70代の夫婦が待っていてくれた。この夫婦の性は西田と言うのだが、家の母の旧姓は上山。上山家には代々男性が少なかったので、兄弟が沢山できると、他のうちから家督を継がせるために養子を迎えることが多かった。母の父も、そしてその父(母にとっては祖父)も続けて養子となった。これには「各家族の第一子男性は徴兵されない」と言うその頃の法令があった頃から「徴兵避け」の意味合いも多かったらしい。

そこで、今回祖母が亡くなった事で、祖母の遺骨をその天草の墓に分骨するかどうかを相談するのと、祖父が生前信じていたと言う「神道」形式の祀り方でこのまま行くのかが話し合われた。西田家では、祖父の遺骨を自分たちの信仰する曹洞宗(禅宗)に戻して一括供養とすることが提案された(もともと西田の家の人なので)。祖母は自分の退職金で上山の墓を天草に建てていた(西田家の墓の隣)が、そこには現在祖母の母が眠っていると言う話。

しかし、祖母が生前自分がどう埋葬されたいかを相談された時に「どげんしよーばいねー」(どうしようかねぇ)と決めあぐねていたので、見かねて母が「海に散骨するって言う手もあるのよ、そうしたお父ちゃまがいらすフィリピン(祖父はフィリピンで戦死)にもつながっているし…」と提案したのだそうだ。「それもよかねぇ」(それもいいわねぇ)と言いながら祖母は静かに亡くなったので、母としてはその遺志は尊重したいと思っていた。

結果的に祖父の遺骨(と言っても戦死なので、遺骨は無い、箱だけ)は西田家の方に戻し、祖母は母の一存に任せると言うことで話はついた。

が、こればっかりは一族全体の問題なので、彼女一人で全てを決めてしまうと、後々遺恨を残すことになりかねない。そこで、コンセンサスを取ってしまおうというのが今回の旅行の目的の一つだったわけだ。

結果的に祖父の遺骨(と言っても戦死なので、遺骨は無い、箱だけ)は西田家の方に戻し、祖母は母の一存に任せると言うことで話はついた。

ちなみに母の祖父はクリスチャンである。場所が天草であることと、祖祖父が長くアメリカ留学をしていた事(この話はまたとても興味深い…逆「シンドラーのリスト」みたいな話なのだ)もあるのだろう。葬式は後で紹介する大江天主堂で葬式を挙げたくらいなのだ。しかし今はやはり西田のうちで合同供養をしてもらっているらしい。

話し合いの後、軽く両家の墓をお参りし、西田家に戻ってきて昼食。ずいぶん時間が経った様に文章では思えるが、朝食からわずか3時間ぐらいのことだったので、両親も僕もまだそんなに腹は減っていない。だが、田舎に住む老夫婦が出来る最大限のもてなし:山盛りの刺身・すし・天麩羅お膳に並び、その中で一番若い自分が一手にそれらを引き受けることになってしまった…。

ま、海沿いの町だから、魚に間違いはないのだが。いかんせん、胃の中に入らない…

*西田家を後にし

一路しばしの間観光へ。実はうちの一家は観光に興味が薄い。つまらない一家だと言われればそれまでだが、観光スポットのようなところには滅多に行かない。今回は天主堂関係だけは見てみようと言うことになり、ます大江天主堂へ。

母が小さい頃、長崎に疎開する前に祖父の実家があった天草に2年ほどいた時に天主堂などにもチョクチョク遊びに来たそうだ。その頃は林の中にひっそりと立つ寂しげな建物だった(当局に弾圧されていた為)が、今はキレイな公園のようになっている。

大江天主堂は天草南島の西南に位置しているが、次に行った崎津天主堂はそれより東南、羊角湾に建っている。ここは、小さいが美しい小さな湾に面した、なかなかロマンチックな教会で、その画面全てが完成された絵画のようだった。

*そして一路、長崎側へ

再び島原高速フェリーに乗り、30分ほどで口之津と言う港へ。そこから小浜の国崎旅館と言う宿へ向かう。ここには前回宿泊したので、勝手は承知している。ひなびた良い雰囲気の旅館だ。http://kunisaki.jp/

フロントに入ると、大皿に入ったグッピーたちがお出迎え。二階のゆりの間が僕らの部屋だ。
こちらの方が、食事も安定している。誰が板さんなのかも知っているし、母が事前に「生ものはそんなに沢山要らないから、車えびの良いのとあわびの鬼焼きを注文したい」というリクエストに応えて、車えびではないが同等のサイズのエビや、ちょうど11月1日で禁猟になってしまった黒あわびを一つだけ我々の為に残しておいてくれて、あとの二つはちょっと小ぶりのもので済ませることになった。

僕は食べられればどちらでも良いのだ。

料理は他に、地元の豚肉を使ったしゃぶしゃぶ、鯛のかぶら蒸しなどが出されたが、量もちょうど良く、満足できた。

by kokimix | 2007-11-05 10:13 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

*僕たちが泊まったところ

出発する何日か前に、我が家で僕のバースディ・パーティーを開いた。たくさんの友人が来てくれたが、その中に少し久しぶりに会う相方の友人がいた。彼は全米で使える全てのマリオット・ホテル系列のリゾートの宿泊会員権を時間割(いわゆるタイムシェア)で持っていて、もうすぐ期限が切れる時間枠があるから、それを譲ってくれると申し出てくれた。それを使えば、格安でオーランドの一流のマリオット・リゾートに宿泊できるというわけだ。

* マリオットは大規模展開

全米に2000件以上の支店を持つ巨大ホテルグループだ。僕が小学生の頃から「良いホテル」のイメージが強かった。ヒルトンも似ているが、ヒルトンはもっと沢山の宿泊客を詰め込む団体様用ホテルのイメージが強い。マリオットはもう少しランクが上かも。

今回僕たちが泊まった所は、シー・ワールドというテーマパークのすぐそばにある。
その名は「マリオット・サイプレス・ハーバー」。中はゴルフカートで回るくらい広く、実際隣にゴルフ場があり、僕らが泊まった部屋からティーグラウンドが見えた。全部で60ほどの部屋がアパートみたいに建っており、それぞれが豪華な作りになっている。


僕らの場所はベッドルームが2つ(それぞれにバスルーム)、16畳ほどのリビングに8畳ほどのダイニングスペース、4畳のキッチンに3畳ほどの洗濯機スペース。

鍋釜やかんに至るまで完璧にセットされていて、それぞれの部屋にテレビはもちろん、マスターバスルームにはガラス張りのシャワーブースとジャクジーが付いている。

* 前項で紹介したイブが

通りがかりに僕らの部屋に寄ってくれて、一晩一緒に楽しく過ごした。彼女は乳がんにかかり壮絶な闘病生活の後、見事に女優業に復帰したたくましき女性である。ちょっとハイパーアクティブなのだが、そこがまた何ともパワフル。

* さて、そろそろ帰国しなければ

ここに来て、写真用のメモリーが無くなってしまって、思うように記録が残せなかったのが心残りである。次回はもう少し、写真用のメモリーカードを大きいものにしないと。

帰国前に、オーランドで全く使用しなかった日焼けオイル(タンパで買ったもの)を、機内持ち込み荷物検査で引っかかって、検視官にイラついたしまった。自分が忘れていたことに原因があったのに…トホホ。

とは言いながら、今回の旅行は良い思い出ばかりだった。出発前は気軽に「僕はとりあえず付き添いみたいなもんだから」と高をくくっていたのだが、いざ始まったら懐かしいことやら、新しい発見やらで、10年ぶりにアメリカ本土に渡ってみて、いい経験だった。良い人たちにも沢山巡り合えたし。

中でも、相方のお姉さん:ジニーには感謝している。道中での彼女との会話はとても心に残るものだった。彼女のような大人になりたいと思う今日この頃だ。

♪KOKI

by kokimix | 2007-01-14 23:09 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

* さて、最後の目的地

とんぼ返りで、フロリダ州のオーランドへとやってきた。気温差10度以上。オーランドは、タンパと同様に暖かい。

オーランドはエプコットセンターなど、数々のテーマパークがあることで有名だが、僕らは今回それを目的に来たわけではないのだった。

主目的は相方の姪:ニコールに会うためだ。ニコールはオーランドでデザイン関係の仕事をしている。同棲中のボーイフレンドはDJをする傍ら絵も描く多彩な人。彼らに車の運転などを頼んだ。

* 去年の記述で見覚えがある人もいると思う

何かと言うと「人食いバクテリア」の記述で、娘を残して逝ってしまった相方の元婚約者の女性:キャンディスの家族もそうは離れていないところにすんでいるので、その人たちとも会いたかった。(そう離れていないと言ってもジャクソンビルとオーランドは軽く200キロ離れている)

聞いていた印象より、娘さんという女の子:キャラは利発な感じだったが、よく話を聞くとまだ母親が理解不能な死に方をしたショックから立ち直っていない様子。今はキャンディスの母親:アニータが引き取って面倒を見ている。が、この一見普通に見える祖母と孫は実は血縁が無いのだ。キャラはキャンディスが引き取ったフォスターチャイルドなのである。アメリカでは、こうした家族関係はあまり珍しくない。

♪KOKI

by kokimix | 2007-01-11 10:01 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

* 相方のお姉さんに連れられて

やってきたところは、アメリカ独立戦争に大変ゆかりの深いコンコード。ここには歴史ある建造物がたくさんあるが、ここもまた町全体が景観を損なわないように計画されている。

この街のサンドイッチショップでお昼を食べたが、この日僕はどうしても前から食べたかったロブスタービスクにありついた。時間が遅め(2時前後)だったこともあって、店の最後の一杯。ありがたく頂戴した…美味かった。海老の濃厚な風味がたまらん。

これこそ、アメリカの海老好き殺しや~~~@彦麻呂風

* 近くにあの「若草物語」の

著者として有名なオルコット女史の生家:オーチャード・ハウスがあるという。早速行ってみたが、4時を回っていて閉館していた。かなり小さい家だったのが印象的だった。

タンパのデビッドが、教えている学校の次の演劇の授業で「若草物語」を題材にすることを相方が覚えていて、無料のパンフレットをいくつかもらってきた。

時代背景などは勉強すれば自然と頭に入るが、その頃の服装や文化などはやはり資料を見なければならないからだ。

こちらはたまたま通りかかった貨物列車。

* ボストンは文化の街でもある

ボストン大学(ボストン市)、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学に始まり、バークリー音楽大学、ボストン交響楽団(小沢征爾氏が主席指揮者を勤めていたことで有名)、ボストン・ポップス・オーケストラ(「スターウォーズ」シリーズ作曲のジョン・ウィリアムスが指揮していた)などなど、枚挙にいとまがない。

ある時、ジニーが連れて行ってくれた場所はコロニアル・インというところだったが、そこでは狭いながらも(きっちり入って30人)ちゃんとしたトリオ編成+ブルースシンガーというバンドが素敵な音楽を聞かせている。

客の方もマナーが分かっていて、大変心地いい。日本では(大変申し訳ないが)ほぼ不可能なシチュエーションだ。おまけに料理も美味い。

♪KOKI

by kokimix | 2006-12-27 12:07 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

* ボストンは歴史ある街

いわゆる『ニューイングランド』の中心地で、建国の街としても有名だ。アメリカ人なら誰でも知っている事実。実は僕はこの辺の知識にうとくて、今回の旅行でずいぶん勉強した。

* ベンジャミン・フランクリンはナンタケット出身、ボストン育ち

ボストンにはたくさんの劇場がある。そのひとつでかかっていたミュージカルに「1776」という地味な作品がある。日本では、おそらく、絶対に上演されないであろう作品だ。これは、アメリカの独立宣言を作成した3人の人物:ジョン・アダムズ、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンの宣言に対する熱意と苦悩を中心に描いたもの。

フランクリンは、日本人にとって雷から電気を発見した人としての方が有名だ。学校でもそう習った。しかし、本国では政治家・思想化としての存在の方がはるかに大きいのだ。100ドル紙幣にも肖像が使われているくらいだしね。

アメリカの歴史に「全く」関係ない日本人にはどうでもいい話なのだが、ミュージカルとしてとてもよく出来ている。学校公演などでやると、ウケると聞く。

日本で言ったら、明治維新のミュージカルのようなものだが、明治維新のミュージカルなんていかにもつまらなそう…

* 劇場はそれこそたくさん市内に点在している

ちょっと調べただけでも、50以上はある。僕らが「1776」を見た劇場は、Lyric Stage Company of Boston という場所。キャパは500ぐらいだろうか。

この公演のときは客席を「コ」の字型にしてあって、客席から空いたスペース(アクティングエリア)を見下ろす形だった。下手の上部に小さなバルコニー型の別のアクティングエリアがあって、そこでも芝居は行われる。客から見下ろされている上、マイク無し、生演奏というかなり過酷な条件での上演なのだが、そこは底辺の広いアメリカ演劇界。みんな平気でやっちゃうんだな、これが。

* ミュージカル史に残る珍しい作品

劇中には男性が登場し(政治家とその従者たち)、女性はたったの二人のみ。だが、とてもおいしい扱いをされている。アダムスの妻:マアビゲイルとジェファーソンの妻:マーサのみ。

本来は長くて(3時間半休憩無し)つまらないという話だったが、今回は万人向けに、ちゃんと休憩があったので、それほど退屈はしなかった。

僕が見た回では、特にマーサ役の女優と、ジェファーソン役が印象に残った。
そして作品の中でほぼ悪役に等しい扱いを受けかねないサウス・カロライナ州知事のジョン・ルトレッジが最後まで「奴隷(黒人の意)を解放する」という一文がある限り署名をしないと断言し、これが後の南北戦争へと続かせる展開にはなるほどと思った。(作品そのものは独立憲章採択で幕を閉じる)

* 一緒に観劇をしたのは

ジニーと東京に以前来てくれた相方の同僚の幼馴染のトム、それとジェイソンとグレッグ、相方と僕の5人。ジニーは予定があるからと、観劇後帰ってしまったが、残った男連中で、街でもかなり有名なイタリア料理屋「マッジアーノ」へ夕食を食べに行った。

途中道すがら、古い、しかし美しい教会。

♪KOKI

by kokimix | 2006-12-25 23:10 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)

* 島には通算6日間の滞在

さて、いよいよ島を離れて大都市ボストンに帰ることになった。ナンタケットの飛行場がこれまたおもちゃの様な外観で、飛行機もジェット機は発着がない。全部プロペラ。しかし、お金持ちのコミュニティとあって、中の施設には抜かりがない。なかなかおいしいレストランとかなりちゃんとした土産物屋がある。

島の土産物で一番ぼくが気になったのはコーラルピンクの衣類。トレーナーやらパンツやらTシャツやらなのだが、この色を島の人は「ナンタケットピンク」と呼ぶ。僕もとりあえず2枚ほど買ってみた。

* さて、ボストンに到着

シカゴほど巨大ではないものの、やはり東海岸きっての大都市だけに、行き交う人も多い。

町並みには、TVドラマでおなじみの趣味のいいアパート(と言っても結構高級だが)が立ち並ぶ。これらの高級アパート群を称して、英語ではBrownstoneと言うと聞く。

着いたホテルはボストン・マリオット=コプリー・プレイス。たくさんの高級ブランド店が軒を連ねるモールがダイレクトに併設されたホテル。部屋はさほど高級と言うほどでもないが(結構古いホテルなので)、居心地はいい。

そこへ、部屋にかかってきたのが、相方のお姉さんからの電話。このお姉さんに会うことがこの旅行の大きな目的のひとつなのだ。車でもうすぐこちらに到着するという。

やがて現れた相方のお姉さん:ヴァージニア(通称ジニー)は、なんとなくシガニー・ウィーバーを髣髴とさせる颯爽とした外見の女性で、いかにも独立してるといった印象だった。彼女は僕らに何をしたいかと尋ねるので、「買い物かな~」と言ってみたところ、地元の人が行くような手ごろなショッピングモールに連れて行ってくれた。そしてもちろんタルジェにも。

♪KOKI

by kokimix | 2006-12-19 11:02 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)