飛んだ!ひ・こーき!@森田浩貴の思うまま


アッという間に50なっちゃった( "゚ o゚")ドーシヨ
by kokimix
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【あんた、誰?】
東京都内で歌い手(専門はミュージカル)を営んでいる50前男です。時々司会・通訳もします(^^)
11月20日金曜日中目黒楽屋でライブを行います!みなさま良くご存じのスタンダードばかりを集めたプログラムです。バイオリンも共演!美味しいお料理で評判のお店に、ぜひお越し下さい!!
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カテゴリ:ミュージカル( 59 )


たあこさんとの思い出

僕はあまり共演者に対して、<ファン意識>のようなものを持たないのですが、この方は特別です。自分でプログラムを持参し、恐る恐る「サイン頂いてもよろしいでしょうか?…自分用です」と言ったら、快く応じて頂き、コメントに「素敵な声」と書いて頂きました。ありがとうございます!!

1970年宝塚歌劇団に入団。大型新人として注目され、1975年「ベルサイユのばら」のアンドレ役に抜擢される。1980年、雪組のトップスターとなり、一時代を築く。
その男役像はそれまでのタイプの枠を超えた、麻実れいだけのものであり、彼女の退団以降も、麻実れいのような男役は出現していない。これからも現れることはないだろう。(公式後援会HPより)

歌劇団在団中の麻実さん(以後たあこさん)を観た時(VTRでしたが)、あまりのカッコよさに口アングリ。その時は「ショーボート」のMake believeを歌っておいででした。元々はおもっきりマンボの曲なのですが、それをバラードに編曲してあって、たあこさんの個性にぴったりの大人っぽい仕上がりになっていたのが印象的でした。

それ以降は「ゴールド家の黄昏」しか見ておらず(「双頭の鷲」「エンジェルス・オブ・アメリカ」見逃したぁ)少し疎遠になっていました。たまたまうちの師匠(北川潤師)が音楽を担当することにもなったので、ようやく「蜘蛛女のキス」でご一緒することが出来ました。

やはり宝塚出身の大浦みずきさんと振付助手の室町あかねさんがご一緒だったので、稽古場ではいつもそのお三方で仲良くしてらしたから、気の弱い森田はそのお姉さま軍団に割り込めず、なかなかお話をする機会に恵まれませんでした。直接の絡みも少なく(僕はモリーナとのからみが多かったので)、なんとなく舞台稽古までまともにお話しすることもなく過ぎてしまいました。

いざ舞台に入ってみると、意外と多くのタイミングで接する機会を得ました。始まる前は、すてきなピーチオレンジのガウンを身に纏った姿で袖に現れ(オーロラの歌声で舞台の幕は開きます)、ひとしきりナンバーAuroraを歌い終わった後、僕の役目はオーロラが牢屋のセットのドアを抜けて後、すばやくその鉄格子のドアを閉めるという係。(一瞬の出来事なので、全く見ている人には気づかれませんでしたが)その時、勿論たあこさんが安全に牢屋から抜けたのを確認して、ドアを閉めないと危険です。

その後はWhere you areのシーン。僕はただ後ろでヘタクソな踊りを踊っているだけなのですが、踊りが始まる前に最初に出てくるダンサー達に帽子を渡すという段取りがあります。袖から舞台上にソフト帽を回転させながら投げ入れるというもので、勿論カウントにあわせなければならないので、緊張しましたが、その前に踊り歌っているたあこさんとほんの一瞬目が合う瞬間が訪れるのです。うふふ。ちょうどその部分の振りがそうなっていただけのことなのですが、嬉しかった。

その後、スカーレットのドレスに身を包んだオーロラと2幕が開く前にお話させて頂いたり、一番最後のタンゴの出番待ちのとき、たあこさんとなつめさん(大浦さん)と3人でおしゃべりしたりするのが、森田のひそかな楽しみでした。

それ以来ご一緒する機会はありませんが、ギリシャの野外円形劇場での勇姿など拝見するに付け、あの頃の思い出に浸るこの頃です。

今回の記事に関しては、http://homepage2.nifty.com/asami-osc/
麻実れい後援会HPのご協力を頂きました。ありがとうございます。
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♪こーき

by kokimix | 2005-06-24 10:35 | ミュージカル

宮本亜門さんに言われたこと

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合計で2本、ご一緒する機会を得ました。一本は先立ての「香港ラプソディー」、もう一本は大地真央さん主演の「サウンド・オブ・ミュージック」です。

先立ての記事の通り、「香港」での初日はハプニングの連続で、緊張感を楽しむ余裕もないまま過ぎてしまった感がありました。

稽古中から亜門さんの演出の仕方は独特で、今にして思うと大変先駆的な方法を採られていたと思います。僕が天安門のシーンで上手く気持ちが作れないでいると、歌っている最中にそばに来て「今左上の遠くのあたりで炎が燃えてるよ、段々軍隊がこちに迫ってきてるよ、どうしたらいい?どんな気持ち?」と絶え間なく語りかけてくれたのです。大抵の演出家は、役者に一通りやらせて、それを見た後それについてのコメントなりダメなりをするのが普通と思っていた僕にとっては、とても新鮮に感じました。まるで、モデルとカメラマンの関係のような…

そんな亜門さんが、件の「トラップドアが開かず、上手く退場出来なかった」後に、僕に言った言葉が「あのタイミングは最悪だったねェ~それにしてもさ、森田って<女優>なんだもんな~」でした。?…女優??

この真意は、後で聞かされたのですが、僕がその事故直後に緊張のあまり、スタッフに聞こえる程度の声で文句(上手く退場できなかったのはドアが開かなかったせいだということ)を言っていたのを、どこからか聞きつけたからだという話でした。確かに、お偉い<女優>さんは、周りにグダグダ言うイメージあるしね。

あら~やっちゃった。それ以来僕は、なるべくスタッフの方とは仲良くするように努めています。なんと言っても、スタッフあってのキャストですから。(ヨイショっと)でも本当に、その頃の僕はソロをちょっともらって浮かれていたので、ちょうどいいお灸でした。

最近「太平洋序曲」がトニー賞ベスト・リバイバル賞を逃したという話を聞きました。(受賞は「ラ・カージュ・オ・フォール」)なんだかんだ言っても、まだまだブロードウェイは東洋人に厳しい、保守的なところなので(まだハリウッドの方が寛容)仕方がないですね。亜門さんだったら、またすぐチャンスがあると思います。
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♪こーき

by kokimix | 2005-06-23 10:43 | ミュージカル

ありえない事故

品川の天王洲にあるアートスフィアという劇場は、とてもいいサイズ(777席)で、天井が高いので音響もよく、使い勝手のいい劇場なのですが、いろいろ短所もありまして…まず、交通の便がさほどよろしくない。今は東京臨海高速鉄道りんかい線というのが通っていますが、その頃はモノレールしかなく、品川からも20分近く歩かなくてはならない為(もちろん今の品川駅のように開発される前でした)、思いがけず<モノレールの定期>を買う羽目になりました。
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また、これは劇場のせいではないのですが、「香港ラプソディー」のセットは少しだけレ・ミゼラブルのセットに似ていて、上下両側から手動で大きな3階建てのワゴンが出入りし、上には完全に格納可能なエレベーター、舞台奥からは戦車が出てくるという大掛かりなものでした。

開演前に完全暗転(非常灯も消す)になるため、遅れてきた方は最初のシーンが終わってから席に付くことが出来るようになるという段取りで初日を迎えました。

僕達天安門の前で座り込みをしている学生の役者たちは、舞台上にテントを張り、戦車/軍隊が攻めてきたら、撃たれて退場することになっていました。僕はその時パートナーだったD.K.嬢と二人で撃たれて、その後舞台上のトラップドア(舞台の一部が下方に開いて、降りられる)から、奈落に退場するという段取りでした。トラップドアのしたには怪我をしないようniマットが敷いてあって、ドアは袖にいるスタッフがころあいを見計らって(舞台上のスペースが確保されて、暗くなったら明かりによる合図がある)開けてくれるという万全の体制でした。

さて初日、稽古指摘通りD.K.嬢と僕は軍隊に撃たれて絶命、その場に倒れていたのですが、なぜか下のトラップドアが開きません。「あれ?どうしよう…もうすぐ音楽のキューが来ちゃうのに…」僕達が退場しないと上下の大きなセットが出てこられません。困った僕達は、互いに小声で「そろそろ?今?」とか言いながらタイミングを見計らい、暗くなったと思った瞬間に「行こう!」と退場しました。…これが、ケチの付け始めです。

その後、数年後の香港のシーンになります。シーン転換のために紗幕が降りて来ます。紗幕が下りてくるのと同時に上下のセットも舞台上に出てきます。僕達も急いで着替えてそのシーンには出ていました。僕は奈落から別の衣装で登場し、下手のワゴンを3階まで上がって、上手のワゴンに乗り移るという約束なっていました。

<あれ?紗幕が上がってない…>紗幕が上がらないと、ワゴンが両側に開けないので、その後必要なエレベーターが降りて来られません。でも、音楽は待ってくれないので、皆どんどん先へ進んでいくしかありません。歩きながら注意深く見ると、どうやら紗幕の一部がワゴンに引っかかっているようです。

…待ってください。そのエレベーターには、開演前からB.I.さんがスタンバイしていて、そのエレベーターから降りてくるというすばらしい趣向が用意されていたのです。でも、音楽どおり彼のフレーズが来て、彼は仕方がないのでエレベーター内(まだ舞台に現れていない)で歌っていました。声はすれども姿は見えず…

スタッフの怒号が聞こえます。あ、無理やり紗幕を上げたため、セットに引っかかって破れてしまいました。さすがに何もかも音楽からズレてしまった時に、皆の注目が指揮者に集まりました。やがて、音楽が止まりました。

そのうち、演出の宮本亜門さんが舞台上に上がって、これまでの不手際を詫びた後、「もう一度最初から演じ直し」ということで、なんとか事態を収拾しました。

後でこの原因を突き止めたのですが、なんと劇場の気密性があまりに良く、最初のシーンが終わった後に遅れた方達を入れるために劇場のドアを一斉に開けたら、風が吹いてしまった言うのです。そして、その風に紗幕が煽られて、わごんに引っかかってしまったというのが真相だったようです。

後にも先にも、あんなことは初めての経験でした。生だからいろいろあります。




♪こーき

by kokimix | 2005-06-22 17:22 | ミュージカル

香港ラプソディー

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この作品にもいろいろ思い出があります。
この作品のなにが魅力だったかというと、やはりステキな音楽です。作曲のディック・リー氏はシンガポール生まれの音楽家で、僕は2回ぐらいしか会う機会がなかったのですが、その少ない話すチャンス(彼は英語で話します)で受けた印象は「優しそうな中国人のお兄さん」といった所でした。
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僕が特に好きだったのは、「チャイナ・レイン」「遥かな河を越えて」、あと題名が思い出せないのですが主人公の一人小龍が歌った歌、風水のテーマ(これには参加していました)などです。どれも聴き易く覚えやすいメロディーばかりでした。

僕は天安門事件の革命団の指導者<李良>役を頂きました。ものすごく大きなスケールの曲で、ちょっとビビり気味でしたが、あの「あれをみろ~」という最初のフレーズを思い出す度にあのドキドキ感が脳裏に蘇ってきます。なにしろ幕開きの第一声だったので、大変緊張したのです。

大変仲の良いカンパニーで、よく主役お一人のI.T.さんの経営するお好み焼き屋さん(三軒茶屋)に皆で集ってワイワイしたものです。http://www.bochi-bochi.net/

あるサイトで「この作品を再演させよう」運動をして下さっているようです。これからそちらにメールを送って、連絡を取ろうと思っています。http://www.misoppa.com/hello.html




♪こーき

by kokimix | 2005-06-21 22:30 | ミュージカル

ハロルド・プリンス氏

二日だけ舞台稽古/プレビューに現れました。

最初会ったときの感想としては…脂ぎった、背の小さいオヤジって感じで(失礼)、でもこの人70歳越えてるんだよね~みたいな、エネルギッシュな方でした。

いらしたときに、皆もうさすがに疲れ果てていたので(日本の商業演劇では考えられない舞台稽古を劇場で1週間行うというスケジュール)、カンパニー内もピリピリしていました。そこへ演出家のご登場となったわけで、よいカンフル剤になりました。

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一幕最後のGimme loveで、オーロラ(主役の映画女優)が入る大きな鳥籠が出てくるのですが、その鳥籠がとりわけ危険で、一日それ用の稽古を劇場の横のスタジオでやるなど、かなりお金のかかった段取りでした。一歩間違えると大怪我に繋がるようなシーンだったのです。
(って、僕は袖の中で歌ってただけですけど)

そんなでしたから、皆いろいろな面で少し不満がたまっていました。ところが、プリンス氏が来て、その不満の一つひとつに丁寧に答えをくれたのです。特に厳しい時間を過ごしたのでは、と思う人が芝居の中の<体制側>の役者さんにいて(演出サイドから、数限りないダメ出しを受けていたので)、楽屋に帰ってくると椅子を蹴飛ばしたりしていました。この役は、舞台の最後の方まで歌が全く無いのですが、最後にとても難しい歌(7拍子)が出てきます。でも、それだけではなくて、その役者さんは、その役を表現する上でのいろいろな面で悩んでいたのです。(居住まい、仕草等々)そこへプリンス氏が「これはあなたの役です。あなたの思うようにやってください。」という意味のことを言いました。彼はとてもすっきりして(付け加えると、プリンス氏にとてもいい日本語の通訳係が付きました)それから、本番に自信を持って臨めたようです。

いろいろな演出家がいますが、海の向こうから来る演出家の方々は、ほとんど皆ちゃんと役者の言うことを聴いてくれます。日本の演出家が悪いとは言いませんが、昔の演出家には特に権威主義みたいなものがあって、「オレ/あたしがこう言うんだから、やって」という感じにどうしてもなりがちです。役者は勿論演出家を<信じ>なければいけないのですが、生理的に出来ないことなどはよくあることです。(台本次第ですが)最近、日本の演劇界も随分民主的になってきて、言いたいことが言える世の中になって来たかなぁというのが、率直な感想です。



♪こーき

by kokimix | 2005-06-21 09:24 | ミュージカル

蜘蛛女のキスの稽古

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この作品の稽古は、他とは少し、いや随分違うものでした。

僕達商業ミュージカル関係者の行く稽古場というのには、大抵お決まりの場所があります。ひとつは森下にある大きなスタジオ、他にも豊洲、勝どき、錦糸町などです。が、この作品のときは、中でも交通の便がとても悪いSスタジオ(吉祥寺からバスで15分ほど)になりました。(タクシーで行くと3メーター以上かかる!)

そのスタジオは、ひとつの建物の中に3つの大きなスタジオがあって、自由に行き来できる設計だったので、演出する側にも都合がよかったのです。というのは、Aスタジオでモリーナとヴァンティンの牢屋のシーンの稽古、Bスタジオではアンサンブルの踊りの稽古、という風にカンパニーを分割できるからです。

僕達アンサンブルはしばらく牢屋の稽古場に行く機会はありませんでした。というか、行く時間が無かったのです。そのとき、アメリカから演出(正確にはハロルド・プリンス氏の助手)のクレイトンと振付のロブ・アシュフォード(やはり正確には助手)が来日し、ちゃんと同時背品行で切る体制を取れる状況でした。

ダンス/ステージングの稽古場では、ドラムセットが運び込まれ、ピアニストも二人用意し、踊りには必ずドラムの伴奏が付いて稽古が出来るシステムでした。振付のロブは、あまりカウントを使わず(一般に振り付けをするためには1234とカウントを出すものです)、全て歌詞の意味との兼ね合いやリズムの中のアクセントなどを重視して、役者に振付を移していきます。

これは、おそらくドラム担当の方も大変だったと思うのですが、振付師の「ここの2拍目のところにアクセントを入れて」等の要求に、その場で応えなくてはならなかったのです。

「蜘蛛女のキス」には、沢山のラテンナンバーがあります。ラテンナンバーは大抵2拍子なので、譜面が長くなってしまうことがよくあります。ドラマーもピアニストも、それをめくりながらプレイするだけでも大変なのに、その上振り付けで必要なアクセントや決まり事を加えていくのはよほどの苦労が要ったと思います。

稽古場は、遠くて皆それだけでも辟易していたからでしょうか、チームワークはとても良く、充実した時間を過ごしたのですが、後から誰かキャストの一人が言いました。
「あの状況を作り出すことが、もうすでに演出の一部なんじゃない?」

む~…そういわれて見ると、遠い稽古場にほとんど<隔離>された状態で、肉体的にもかなり皆追い詰められて、苦しい辛い芝居を男だけでする、というのは、まるで牢獄の様かも。その話が出たのが、来日スタッフが帰ってしまった後だったので、真相を確かめることは出来ませんでしたが。




♪こーき

by kokimix | 2005-06-20 11:11 | ミュージカル

蜘蛛女のキス

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一方ならぬ思い出が、この作品にはあります。

何しろ、オーディションの時からとても丁寧で、なんと<劇場>で、しかも舞台上で審査をされたのです。まるでコーラス・ラインの世界…(一般には、オーデシションというのは、稽古場とかでやるのが普通で、よくてもスタジオなどがほとんどです)

なんども強調して恐縮ですが、僕は本当に踊れなかったので、振付助手の室町あかねさんに随分作品中しごかれました。この作品の画期的だったところ(個人的に)は、キャストを完全に踊りチームと歌チームに分けてくれたことです。普通の作品では、公的に分けたりはしないものなのです。勿論僕は歌チーム志願で、踊りの審査も簡単な方をやらせてもらえました。

今考えると、これはちょっとインチキだったと思うのですが、実はオーディションを受ける前に、師匠とブロードウェイに行って、この作品をすでに見ていたのです。あまりのビジュアルのすごさと作品としての重さに驚きながらも、見ながら「僕が出来るとしたら、どの役かなぁ」と密かに探していました。

ひとつだけ、主人公のモリーナが<塀の外>で片思いをしていた相手の役というのが、何となくピンときました。「ン、これならもしかしたら…」オーディションの譜面の整理を任されていた僕は(当時僕は師匠の事務所で電話番をしていました)試験用の譜面を一人予習し、舞台上で審査委員の前で歌いました。そらで歌えるのが僕しかいなかったため(当然です、他の受験者は始めて見る譜面なのです)、どうやら僕のパートはその日のうちに決まったようでした。よく考えると(よく考えなくても)ズルイですよね。

もう一人の主人公ヴァレンティンとのデュエットがあったのですが、この歌がむずかしくて、随分師匠にダメ出しをされました。演出のクレイトン・フィリップスから「動きが硬い、ロボットみたい」と散々言われ続け(舞台稽古でも)もしました。

ところで、昨日録画しておいたトニー賞の授賞式を見ていたのですが、その中でこの「蜘蛛女のキス」を含む沢山のミュージカルの作詞・作曲家コンビの一人:フレッド・エッブ氏が亡くなったことを知りました。僕も個人的に、彼らの曲を沢山レパートリーにしているので、とても悲しいです。心からご冥福をお祈りします。




♪こーき

by kokimix | 2005-06-19 17:44 | ミュージカル

劇場の音響は

ミュージカルにとってとても大切なものなのですが、トラブルも多く、ずいぶん舞台上の人間にも舞台裏の人間にも悲喜劇をもたらします。

僕が一番記憶にあるのは、名古屋の中日劇場。この小屋は外の電波を受けやすい劇場として(僕が演じていた当時)つとに有名でした。舞台が帝劇などより小ぢんまりしていて、客席と近いことが嬉しいのですが、時々外を通るトラックの不法電波やひどいときは警察無線らしき音などを、劇場の音響装置がが拾ってしまって、お客様に迷惑をおかけした覚えがあります。特に静かな場面(オン・マイ・オウンの最後や、一番最後のシーン:バリケードの仲間達の再登場など)は、音声にリバーブ(一般に言うエコー)をかけたりするので、ハウリングを起こしやすく、危険な部分です。

一番感動的でなくてはならない、幕切れ間近の「若者達の~」と歌い出すシーンで、何度と無く「ゴキ!」「バリ!」「キィーン」などの雑音が入ってしまいました。時々役者のマイクの扱いが悪くて、雑音を拾ってしまうこともあるのですが、明らかにそれとは違う状況でした。

役者が身に着けているマイクロフォンは、ほとんどの場合頭(髪の毛の中)に装着されています。色々な留め方があって(役者やキャラクターによって違う場合があります)僕は、黒いゴムを輪っかにして、極小のマイクをそれに絡ませて、頭にすっぽりかぶるという方法をとっていました。このマイクは一本かなりのお値段がするということで、各役者には「壊さないように、くれぐれも気をつけて」とのお達しが出ていました。

以前にもご紹介しましたが、このマイクはとても汗などの水分に弱く、役者は汗などがかからないように細心の注意を払わなくてはいけません。当時のマリウス:I.K.氏は大変な汗かきで、何度かマイクをダメにしてしまったようです。かく言う僕も一度だけ、忘れもしない中日劇場でマイクをダメにしてしまったことがありました。それも、大切な「ABCカフェ」のシーンの最中に。

何となく聞こえ方が変だと気が付いて、辺りを見ると周りの役者も怪訝な表情…「あ、マイクかな?」と察知しましたが、こちらはセンターで芝居をするポジションなので、引っ込むわけにも行かず、そのまま続行していました。指揮者を見ると、オーけストラに向かって「音量を下げるように」と合図を出しています。本来なら、もしマイクがダメになってしまった場合、他の人に近づいて「他の人のマイクに向かって歌う」というのが、有事の際の基本です。が、アンジョルラスは演説の最後で一人テーブルの上に立たなくてはならない、オケも音量を下げてるし「えーい!」とばかり、地声で勝負に挑みました。(オペラみたいに)
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これには、何か違う気持ちよさがあり、何とか終わって引っ込んできたら、1幕終了後に、Tバルジャンに「お前、ああいうときは他の人にくっつけよ」と諭されましたが、そのときの僕の判断だったので、「…そうですよねぇ」とお茶を濁しました。その後、全てを見ていた演出部の方が来て「2階で見てたけど、そんなにヘンじゃなかったよ。それにしても大きな声だねぇ」と褒めて(??)頂きました。




♪こーき

by kokimix | 2005-06-18 12:15 | ミュージカル

「僕のシンデレラ」 

これについても、色々思い出があります。

主演は中村繁之クン、ヒロインに茅野佐知恵(元きれいなおねえさん)、石富由美子(元音楽座:「ザ・キッチン」で後に再共演)、まだ4人だったデビュー前のTOKIO(長瀬、山口両氏未加入)などでした。

とにかく僕は踊れなくて、ずいぶん色々な振り付けの先生方を困らせてきました。これについては、とても悔しい思い出があるのですが、この作品の振り付けは日本ジャズダンス界の大御所:名倉加代子大先生だったので、粗相があってはならじと、先生のスタジオまで予習をしに行きました。ところが、元来バレエの基礎が無い上に、身体も石のように硬い僕が付いていけるはずも無く、あえなく撃沈。「そこの男性の方は一番後ろから付いてきてください」と、ずーっと言われる羽目になりました。

そして、いよいよ振り付けが始まったのですが、忘れもしないあれは主人公シゲルが見る夢の中のドリームバレエのシーンで、僕達アンサンブルは彼を悩ませる「夢の精」に扮して踊るというときのことでした。僕ともう一人(「ホフマン物語」から一緒だったM.T.氏)があまりに踊れず、「君達だけ振りを変えるから」と先生に言われ、直前になってすっごい簡単な動きに差し替えられたのです。これには落ち込みました~結果的に、心の平穏が保たれて、先生のご配慮には感謝しているのですが、今考えるとそんなにむずかしい振りでもなかったような気もする…

それと、舞台公演の時には必ず成功と安全を祈念する「お祓い」をする習慣があります。「シンデレラ」では、危険なせりを沢山使ったり、ピーターパンのフライングで有名なピーター・フォイさんが、この公演のために新しい装置を作ったということもあって、製作側もお払いには熱心だったと思います。

特に「シンデレラ」は若いカンパニーだったので、祝詞の最中に笑ってしまうことが心配されたのですが、僕は自分で「ホフマン」のときに免疫が出来ていると思っていました。なにしろ、あの祝詞の独特の口調で「し~あ~た~こく~ん~ほ~ふ~ま~ん~」とやられて、僕より年上の方達も笑いをこらえていた位でしたので。今回は大丈夫、劇場も漢字(青山劇場)だし、<シンデレラ>は想定の範囲内なのできっとスンナリ終わるだろうと高をくくっていました。

が、このミュージカルには「ハロー○ック」というオモチャの会社がスポンサーについていたのを皆すっかり忘れていました。そして始まった祝詞に、みんな降参。「は~ろ~○~っくぅ~みゅ~じ~かるぅ~」あ”~だれかがちょっと吹きました!もうだめです。こういうことはそれほどおかしくなくても伝染します。みんなの方がガタガタ揺れています…。

これには後日談があって、舞台が開いて1週間ぐらいした頃だったでしょうか、早速事故が起きました。ヒロインがフライング中(その時はクライマックスで、吊られながら舞台上を振り回されるという今までにない形)に、舞台の袖にあったポータル(塀)に激突してしまったのです。早速お払いのやり直しがありました。さすがに今度は皆神妙に受けました。

♪こーき

by kokimix | 2005-06-15 11:12 | ミュージカル