飛んだ!ひ・こーき!@森田浩貴の思うまま


アッという間に50なっちゃった( "゚ o゚")ドーシヨ
by kokimix
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【あんた、誰?】
東京都内で歌い手(専門はミュージカル)を営んでいる50前男です。時々司会・通訳もします(^^)
11月20日金曜日中目黒楽屋でライブを行います!みなさま良くご存じのスタンダードばかりを集めたプログラムです。バイオリンも共演!美味しいお料理で評判のお店に、ぜひお越し下さい!!
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家族旅行 <熊本~長崎>3

*さて3日目

国崎旅館の朝飯はシンプルだが、なかなか食べられていつも嬉しい。ご飯も炊きたてだし(当たり前のようだが)、そばに添えてある湯豆腐やジャコ天、温泉タマゴなどにもついつい箸が伸びる。

とても良い天気だったので、少し早めに出発。一路橘湾(たちばなわん)にある通称「たけびの浜」までタクシーで向かう。そこは波で浸食されて丸くなった岩が無数に並ぶことから千々石(ちぢわ)と呼ばれる地域だ。この近くの愛野町(現在は雲仙市に合併されている)に祖母は長く暮らしていた。祖母の実家もその地域にある。ここで我が母親は妹と共に、戦争から帰るはずの祖父を待っていたのだ。
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*今回の旅の目的のもう一つ

それが前回(5月の始め)の旅と同じく、祖母の散骨が目的だったのだが、母の中に迷いがあったらしい。祖母は長崎の出身だが、祖父は熊本の天草の出身。祖父は西田と言う家にもともと生まれたのだが、上山と言う、もう名前ばかりで家系が途絶えそうな家の跡取りとして養子になったのだ。

その頃、跡取り息子は徴兵されにくいだろうという一種おまじない的な目的もあって(実際後に祖父は徴兵されているが、この行動の有効性は日清・日露戦争までだったらしい)養子になったのだと言う。ちなみに祖父は9人兄弟。一人ぐらいいなくても、充分に他がいたということか。
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祖母は教師を定年退職した時に、その退職金を持参して、天草の西田家の墓の隣に上山家の墓を建てたのだと言う。ところが祖父の遺骨は、フィリピンで戦死したということで帰還せず、ただ桐の箱だけが送られてきたらしい。しかし何故だか祖父の母の墓が長崎にあって、他の人が墓守をしてるので、そちらに本来は納骨するのが筋なのだ(祖母は上山家の嫁なので)。

ところが、母が祖母本人に遺志を確認したところ、散骨と言う方法が一番理に適っていると考えたらしい。骨を海に撒けば、その先に繋がる祖父の戦死した場所:フィリピンにも繋がっているし、いつでも海を見たら祖母のことをみんな思い出すのではないかと、母は考えたのだ。
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*海岸で散骨も無事に終わり

そろそろ満ちて来そうな海岸を眺めながら、田中家(地元では中島の名で知られる名家)のご招待で、海岸に建つ食事処「あじ彩」へ昼食を食べに行った。

その食事処が建っている場所は、母が小学校から中学校にかけてを過ごした思い出の土地。その敷地内にその昔住んでいたのだと言う。前から母の実家:松尾家はやはり地元の名家で、その娘の祖母(名前は久寿:くす)は、若い頃地元の人から「おくすさま」と呼ばれていたらしい。先の田中家との関係を母に聞いても「上手く説明できないが、やはりお互いに養子縁組を繰り返して今の関係になった」という腑に落ちない説明しか出てこなかった。一応本家が田中で、松尾は分家…らしい。
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*れんこんづくし

当日は文化の日ということもあって、店内は満席だったが、前々から田中家の注文でちゃんと座敷を予約してあったと言うことで難なく着席。いざ食事の注文を、と思ったところ、店側から「コースのご予約をうかがっております」とのこと。母は「このままでは田中家がこの食事の代金を払ってしまうかも」と焦りつつ「どんな予約なんですか?」と尋ねると、出てきたのが『れんこんづくしコース』という地元の名産品を使ったコース懐石。これには父がびっくりし、しまったあんなに調子に乗って朝食を食べるんじゃなかったとか何とか…

地元と言うのは、隣町の唐比(からこ)と言う場所でとれるれんこんが全国でも有名なのだそうで。出てくる全てのメニューにこのれんこんが使われている。れんこん豆腐、れんこんと蟹の揚げしんじょ、れんこんハンバーグ、れんこんはさみ揚げ、れんこんとろろ汁などなど…ひとつひとつに量がないので、僕は何とか食べられたが、母は念のために近所に住む松尾家のお嫁さんに子供と来てもらって、アシストを依頼。

*食後、再びタクシーで

愛野町の田中家へ。そこでは、僕はもう20数年会っていなかった当主の大叔母様とご挨拶し(この辺が長崎はとても厳しい…土間や玄関で軽く会釈をしたら、その後改めて座敷でちゃんとお辞儀をする習慣)、お仏壇に線香を上げ、田中の若旦那(と言っても僕より7,8つ上)のお嫁さんを交えて歓談。
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その後、今度は同じことを松尾家でもする。松尾家には、僕自身もっと近しい感じがあったので(実際もっと頻繁に訪ねている)、ちょっと簡単に。
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そうこうする内に日も暮れてきて、空港へと向かわなければならない時間になった。
最後に祖母が生前住んでいた家をもう一度訪ねた。祖母が遺して行った機織り気(紬を織るのが趣味だった)や砧、糸巻き、庭の植物たちなどは思い出が格別にある。
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しかし、寄せる時間の波に、周囲のがけは全部コンクリートで固められ、泥道は舗装され、昔僕が遊んだ田んぼや畑もすっかりその形を潜めてしまった。景色として、とてもつまらない場所になってしまった。もちろん安全のためには致し方ないことなのは分かっているが、周囲の石塀で囲まれた段畑などもどんどん姿を消し、汚いとか醜いと判断されたものは容赦なく取り払われて行く。

帰り道に、少しセンチメンタルになった…
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by kokimix | 2007-11-08 22:20 | 旅行記
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